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自分はどこからきて、どこへいくのか。 何のために生まれてきたのか。

誰もやっていない仏教実践コーチングでクライアントの悩みを解消しています。

100人100通りの戦略コーチング!大喜多健吾です。

いつもお世話になりありがとうございます。

 

自分自身が成長すること、進歩することを果たすために、

自分自身に負荷をかけてトレーニングすることを選択することは

一般的なことだと思います。

 

スポーツに例えるなら、

少しでも早く走れるようになることを目指して、

何度も何度も走り込みをする人もいるでしょう。

 

野球の試合で打てるように、

素振りを繰り返したり、筋トレをしたりする人もいるでしょう。

 

こうしたトレーニング中は決して楽ではないことが多いと思います。

むしろ、「苦」であることが多いと思います。

言い換えると、「苦」を与えるからこそ伸びるのではないでしょうか。

 

2500年前に釈尊(仏陀)は、

「人生は苦しみである」という真理を見抜くこと

を説かれました。

 

そして、人生の苦しみとは、四苦八苦で、

「生・老・病・死」の4つの苦しみに加え、

「愛別離苦(愛するものと別れる苦しみ)」

「求不得苦(求めても得られない苦しみ)」

「怨憎会苦(いやな人と会う苦しみ)」

「五蘊盛苦(肉体煩悩が燃え盛る苦しみ)」

の4つを含めた8つの苦しみのことです。

 

本来の自分は魂であるのですが、

肉体が自分自身だと錯覚しやすいく、

肉体への執着が四苦八苦をもたらすという教えです。

 

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では、なぜ、「人生は苦しみである」のにもかかわらず、

私たちはこの世に生まれてきたのでしょうか?

 

その答えは、仏教の教えによれば、

「魂を磨くため」、「人間性の向上のため」、「仏に近づくため」

とあります。

 

要するに、自分自身の内面を磨くために、

わざわざ苦しみの多いこの世に、魂を肉体に宿わせて生まれてきている

ということです。

 

さらに、仏教によれば、

この世に生まれてくるのは、

決して無理やり生まれさせられているわけではなく、

自ら志願して生まれることができている。

 

言い換えると、自ら魂を磨くことを良しとして、

魂を磨く尊い機会として、あの世からこの世へ生まれかわることを

自ら選択して、やってきているということ。

 

これが真実なれば(私は真実だと思っているのですが)、

自分に与えられている苦難困難、四苦八苦は、

ある意味で織り込み済みであるということではないでしょうか。

 

自分がこの世で魂を磨く、人間性を磨く、精神性の向上を果たすことを目的にやってきたのであれば、当然「苦」があるべきです。

「苦」がなくて、順風満帆でこの一生を終えた場合、死んだ後に後悔するかもしれません。

 

自分はどこからきて、どこへいくのか。

何のために生まれてきたのか。

 

これを少しでも理解しておくと、

迷いの渦から抜け出すきっかけになると思います。

 

 

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