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憎悪を乗り越えた嫌な人との出会いの肯定的な意味

クライアントと一緒に人間性の向上を加速させています。

100人100通りの戦略コーチング!大喜多健吾です。

いつもお世話になりありがとうございます。

 

仏教の四諦の教えの中で、

「怨憎会苦(おんぞうえく:いやな人と会う苦しみ)」

という言葉が出てきます。

 

「この人、何でこんなことをしてくるの!?」

と、イライラしてしまう人との出会いがあったり、

「自分のことしか考えていない人だな・・・」

と、怒りを通り越してあきれてしまう人との出会いがあったりなど、

私たちは期待しない出来事に見舞われるケースがあると思います。

 

人の所為にしてはならない。

責任転嫁したり、被害者になる方が不幸だ。

このように思考を切りかえようとしても、いつの間にか、嫌な人のことで頭がいっぱいになっている自分がいて、

「あぁ、私は今、あの人に執着しているのだな・・・」

と、悲しくなることもあるかもしれません。

 

こうした苦しみを少しでも和らげて、

自分の人生を自分が主人公で生きる思考へ切りかえるには、

憎しみや嫌悪感を抱いたままでは難しく、

逆に、感謝や敬意を抱けるようになると嫌な人への執着を手放しやすくなると思います。

 

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では、具体的にどうするのか。

 

驚かれるかもしれませんが、その方法は、

難い相手、いやな人のことを「神様・仏様」だと思う

です。

 

今まで悪魔や悪霊だと思っていたかもしれない嫌な相手のことを、

神様や仏様だと思おうとするのは、なぜでしょうか?

 

実は仏教の教えの中で、ご存知の方も多いかと思いますが、

転生輪廻の教えがあります。

つまり、人間は生まれ変わる存在ということ。

 

この教えの中には、

「自らの魂を向上させるために自分の魂と縁の深い人が、今世において自分の前に立ちはだかる存在として生まれてくることもある」

と、説かれている部分があります。

 

つまり、私の魂を向上させる一翼を担おうとする天使や菩薩が、

まるで鬼のような存在と化して今生で私の前に立ちはだかり、

私に必要な教訓を得させんとしていることがあるのです。

 

私の魂の向上のために、嫌な役を引き受けてくれている存在があるとするならば、非常に有難いことであり、とても慈悲深いものだと感じてはこないでしょか?

そう感じてきたとき、恐らく、難い相手やいやな人への憎悪は和らいでくると思います。

 

 一時的に損をしたような感じになることがあるかもしれません。

相手に奪われて、すごく自分が惨めで、理不尽な想いに苦しむことがあるかもしれません。

 

しかし、この世の中は葉っぱの表と裏のように、

表(+)と裏(-)がちょうどバランスが取れているので、

必要以上に人間関係で勝負にこだわる必要はないのかもしれません。

 

 

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