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報われるとは限らない!?結果につながる努力の仕方

仏教を生かしたコーチングで、クライアントの悩み解決、成長に貢献しています。

100人100通りの戦略コーチング!大喜多健吾です。

お立ち寄り頂き有難うございます。

 

今日は、

『努力の量と成果』について

気づいたことを分ち合いたいと思います。

 

皆さんが中学や高校のとき、あまり長い時間勉妙していなさそうなのに

学校のテストの点数が高かった友達がいませんでしたか?

 

私が中学生の頃、とても学校の成績が優秀な友達Tさんという女の子がいました。

Tさんとは保育園の年少組から小~中学校と同じで、とても賢くて、中間テストや期末テスト5教科合計点を協奏しましたがなかなか勝てませんでした。

 

Tさんはとテスト前に学校で話すと、

昨日の夜のTV番組の話とか、

日曜日に家族で遊びに出かけたといった話とかをしてくれるのですが、

僕にしてみれば、

「いつ勉強しているのかな?」

って思い尋ねてみると、

「あまり勉強してないよ。面倒なんさなぁ~」

と笑いながら答えられたことがたくさんありました。

 

そして、

「今回こそは勝てるかな…」

と、期待してテストに臨んでみるものの、結果は惨敗(~o~)

やっぱり、Tさんは賢かったです。

 

Tさんについては、

勉強していない・・・

と言っていながら、『本当はめっちゃ勉強しているのでは???』

と思っていた頃もあったのですが、他の友達の話と総合させると、

勉強にかける時間は僕よりもずっと少なかったようですし、

同窓会で久しぶりに会ったときに

「ぶっちゃけ、本当は勉強してたんやろ?」

と尋ねてみても、やっぱりそうでもなかったようです。

 

このように、努力に費やした時間と成果は、人によって異なるようです。

喩えるなら、

僕が50時間勉強する努力をして、Tさんが25時間勉強する努力をしていた場合、

僕の方が好い成果を上げてもよさそうなものですが、現実はそうでもありません。

 

自分の方が努力しているのに、

他の人の方が好い成果を上げている。

そうした、一見、理不尽な状況が与えられると、

何だか頑張る気力が失せてきたり、

「あいつは特別だよな」

と、自分が怠けることを正当化したくなったりするかもしれません。

 

 

ただ、仏教でも、早く修行をスタートした人より、

あとから修行を始めた人の方が先に覚者となった(悟りを得た)ことがあるようで、

他人と自分を比べても仕方がない部分はあるようです。

 

努力をすることで、昨日の自分よりは確かに成長しているでしょうけど、

昨日の努力を怠ったライバルよりか成長したかどうかは分かりません。

つまり、結局は、自分との勝負という訳です。

 

私の長男と次男は硬式の少年野球チームに所属をしています。

長男は起用で、監督やコーチから1つ教われば、それをスッとできるようになることが多いです。

一方、次男は、10回同じことを言われても、なかなか身体が思うように動かず苦労しています。

 

次男は保育園年長組から硬式野球を始めているのですが、

後から入ってきた選手にどんどん追い抜かれて、補欠のまま。

彼なりの努力はしてきて、ずいぶん上達したのですが、後から入ってきた他の選手の方がより上手くなったのでやむを得ません。

 

このように、野球を通して人生の縮図を親子で学ばせてもらっています。

同じ努力をしていても結果が違うこと、長く努力していても後続にアッサリ負けてしまうこと。人生、こんなものです。

一見、努力のボリュームに対して不平等に感じる世界でも、腐らず言い訳せず責任転嫁せず。

 

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全ての与えらてたことに肯定的な意味ありますから、

今、ここでしか学べないことから智慧を磨き、忍耐を磨く。

 

努力の量と成果は、他人と比べているうちは理不尽かもしれませんが、

自分との勝負に切り替えてた時、とても正当なものとして現れてくるのかもしれません。

 

 

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